「紅の豚」マルコ(ポルコ・ロッソ)はどうして豚なのか?

スタジオジブリ制作の『紅の豚』。

1992年7月18日から東宝系で映画として公開され、今でも地味に人気のある作品。

この作品のシンプルな疑問として、主人公・ポルコロッソがなぜ豚なのかを考察、解説します。


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大人の男性ならばある程度理解できる作品でしょう。

しかし、女性や子供を始め、単純な目線で見るとどうして豚なのかはよく意味がわからないだろう。

また、豚であることが理解できなければ、この作品の真意も読み解けません。

ポルコはなぜ豚なのか?

わかりやすくひも解いていきましょう。

ポルコ・ロッソってどんなキャラ?

ポルコ・ロッソは見ての通り、口髭をのある豚で体と脳みそは人間というアニメならではのキャラクター。

ポルコ・ロッソとは通称、イタリア語で「紅い豚」。

つまり、紅の豚そのままだ。

1893年生まれの36歳。

17歳のころから飛行機が大好きで乗り回していた。

イタリア空軍の大尉でエース・パイロットとして活躍して退役。

その後は、真っ赤な飛空艇サボイアS.21試作戦闘飛空艇に乗り、空賊を相手にする賞金稼ぎとして生きている。

ポルコ自身も、常に豚の姿でうろつき、様々な罪が課せられているお尋ねものでもある。

ポルコ・ロッソは魔法で豚になった!

作中では豚であることの説明はないが、ジーナのセリフから魔法で豚となっていることがわかる。

また、作品の設定上でも「自分自身に魔法をかけた」とされている。

ポルコは元々豚人間だったわけではなく、元々は普通の人間だったわけで、ある時から豚になってしまったということだ。

昔の写真を見ても、顔をぐしゃぐしゃに消されてはいるが、明らかに人間の姿をしている。

ポルコ・ロッソはなぜ自分に魔法をかけた?

作品をよく見て行けば、ある程度はこの意味は見えてくる。

豚になってしまったことで、国家からは様々な罪を受ける。

また、「飛ばねえ豚はただの豚だ」というセリフから読み解けるのは、(豚なんだからこれくらいしかやることない)というやさぐれの心。

しかし、ポルコは自ら豚になっている。

これをどう見るのか?

また、ジーナの言葉からも、ポルコがなぜ豚になっているのかもわかる。

 

ポルコが自分を豚にしている理由は、随所に散りばめられている。

仲間を失い、誰もいなくなり、どうしていいのかもわからない。

「いい奴は死んでった奴らだ」というセリフもある。

とにかくポルコは最初から最後までやさぐれ続け、自分を豚にすることで言い訳を作り、現実から逃げ続けているということだ。

真っ当に働くこと、ジーナと向き合うこと、国家や戦争を許すこと。

向き合わなければいけないことに向き合えず、「豚だから」と言って逃げているだけなのだ。

ポルコが人間に戻る時

ポルコは、作中で二度ほど人間に戻る。

始めはフィオとテントで寝泊まりするシーン。

二回目は、カーチスとの勝負に勝ち、フィオに別れのキスをもらった時。

二回目は正面からは描かれてはいないが、カーチスの反応からしてそれはわかる。

ここで、なぜ人間に戻るのかと言う疑問が残るが、答えは単純。

豚の姿は自分自身で魔法をかけている姿。

つまり、「豚=偽りの自分」であり、素の自分になっている時は人間に戻るということ。

隠れ家のテントでフィオと寝泊まりし、昔話をしている時には自分では気づかないうちに素の姿が出てしまっていたのだろう。

それが、純粋な目を持つフィオには見えてしまったのだろう。

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あなたも豚になってはいないか?

ポルコロッソはこの時36歳。

子供時代に大人に見えたこの年齢だが、実際はかなり多感で変化の多い年ごろだ。

現実と向き合って素の自分を認めて生きるか、豚になってでも自分を偽って逃げ続けるのか?

自分がどう生きればいいのか悩んでいるのがポルコロッソ。

本当は気づいているのに気づかないふりをする。

作品のキャッチコピーは「カッコいいとはこういうことさ」だが、その意味をあなたはどうとらえるだろうか?

強がって生きるのか?

認めて生きるのか?

糸井重里さんの作ったこのキャッチコピーは、どちらのことを言っているのだろうか?

また、あなたも豚になってしまってはいないだろうか?

本当のカッコよさとは、一体なんなのだろうか。

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