胸キュン必至!イケメン主人公・アシタカの名台詞「もののけ姫」

「もののけ姫」主人公・アシタカ。

イケメンすぎるそのキャラクター。

名場面・名台詞を振り返ってみましょう!


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ジブリアニメの中でもダントツのイケメン、アシタカ。

どこを切り取ってもカッコいいのですが、その中でも厳選して心に残るシーンを集めました。

名場面1.アシタカとヒイ様

 

ヒイ様
「そなたには自分のさだめを見据える覚悟があるかい?」

アシタカ
「はい。タタリ神に矢を射る時、心を決めました。」

この序盤のあたりからいきなりイケメンぶりを発揮していますね。

タタリ神に近づくとタタリをもらうことは知っていた。

だが、その時に目の前の人たちを救うには他に方法はなかった。

その一瞬で、全てを覚悟して矢を放ち、アシタカが自分と向き合うための物語が始まったのだ。

名場面2.アシタカとエボシ御前

アシタカ
「この娘の命貰う。」
「・・・そなたの中には夜叉がいるこの娘の中にも。」

「みんな見ろ!」
「これが身の内にすくう憎しみと恨みの姿だ!」

「身を腐らせ死を呼び寄せる呪いだ!」
「これ以上憎しみに身をゆだねるな!」

エボシ
「賢しらにわずかな憤怒を見せびらかすな」

この場面はかなり考えさせられるシーンです。

アシタカはただ、自分にかけられた呪いを見せただけ。

これこそが森を焼き払うことの代償であると身を持って伝えたかったのだ。

また、人間の欲望と弱さがサンという子供を生み出した。

それを解決するのは争うことではない。

自分たちのしてきたことを、自分たちのその目で受け止め、何を感じてどう考えるのかを知ってほしかったのだろう。

最後にエボシが違った解釈をしているところもまた人間臭くていい。

「もののけ姫」主人公・アシタカがなぜイケメンだと感じるか!考察してみた。

名場面3.アシタカと村の男

アシタカ
「私は自分でここに来た」
「自分の足で出ていく」

ここまでの少ない言葉で人を動かすことができるだろうか。

アシタカは常に真っすぐで素直。

そして、自分に正直に生き、思ったことをそのままストレートに言葉として伝えている。

人の言葉というのは、その時、その空気によって違って聞こえるものだ。

瀕死の状態でサンをかつぎ、重い扉を押し開けてでようとする。

半端じゃなくカッコいいシーンだ。

名場面4.アシタカとサン

アシタカ
「そなたを死なせたくなかった」

サン
「死など怖いもんか!」
「人間を追い払うためなら命などいらぬ!」

アシタカ
「分かっている。最初に会った時から」

サン
「その喉切り裂いて無駄口叩けぬようにしてやる」

アシタカ
「生きろ」
「そなたは美しい。」

アシタカは、河原で始めてサンを見た時から何かを感じていたのだろう。

「美しい」と感じたのはその生きる強さそのもの。

サンは人間を殺すという目的を持ちながら、本当はただ「生きたい」と願っているだけ。

作中で登場する人物たちは全て心の底では同じものを求めているのだ。

アシタカはその曇りなき眼でサンを見た時、純粋に生きる姿が美しく見えたのだろう。

そういった強さを持つ者には生きていてほしい。

そういったアシタカの純粋さもうかがえる。

 

「もののけ姫」主人公・アシタカがなぜイケメンだと感じるか!考察してみた。

名場面5.アシタカとモロの君

アシタカ
「あの子を解き放て!」
「あの子は人間だぞ!」

モロ
「黙れ小僧!」
「お前にあの娘の不幸が癒せるのか!」

「人間にもなれず、山犬にもなりきれないあわれで醜いかわいいわが娘だ」
「お前にサンが救えるか」

アシタカ
「分からない」
「だが共に生きることはできる」

ここでもアシタカはモロの君と口論になっている。

簡単に言えば、アシタカは純粋で素直であるが故に、難しいことはあまりわからないのだ。

ただ、そう感じる。そう思う。といった風にしか話さない。

モロには、サンへの愛情がありながらも人間への恨みもある。

しかし、サンは人間の子。

モロにとっても複雑なはずだ。

だが、アシタカは何かいい方法があるはずだと考える。

モロに責め立てられても、正直に「わからない」と答えている。

それと同時に、共生していく道を探すということの意思表明だけはしている。

結論は出さなくても、その姿勢を示した大事なシーンだ。

これが、モロの君の心にも響いていたはずだ。

名場面6.アシタカとエボシ御前

エボシ
「シシ神殺しをやめて侍殺しをやれというのか」

アシタカ
「違う!」
「森とタタラ場、双方共に生きる道はないのか!」

今度はエボシとのぶつかり合い。

サンと話し、モロとも話し、そしてエボシの説得にも尽力する。

どんな場面においても、争わずに共生する道だけを追い求めるアシタカ。

そのストレートな言葉は見ている人の心にも響き始めるシーンだろう。

しかし、エボシはこの時すでに自分の感情に囚われてしまっている。

どちらかと言えばサンやモロよりも聞き分けが悪い状態だ。

だが、何がどうであれ自分の信念を曲げないアシタカの姿が美しすぎます。

名場面7.アシタカとサン

アシタカ
「まだ終わらない」
「私たちが生きているのだから」

「力を貸してくれ」

シシ神の首が飛ばされ、森が死に、次々と命が滅びていくのを見て、サンは絶望する。

しかし、まだアシタカは諦めてはいなかった。

モロの君。

エボシ御前。

どちらも全力で説得してみたが、自分の力不足だったとアシタカは認めていたと思われる。

だが、ここまで追い詰められても、アシタカは生きているし、目の前には生きているサンがいる。

生きている者がいる以上は諦めてはいけないし、諦めたくはなかったのだろう。

そして、アシタカは素直な心でサンにお願いする。

強く説得して動かそうとするのをやめ、ついに助けを求める瞬間だ。

完全に希望を失い、あれだけ強く生きていたサンも怯えている。

しかし、アシタカの言葉によってもう一度立ち向かう勇気を沸かせる。

アシタカが始めて精神的にも追い詰められながらも、その物静かな強さを見せたたグッとくるシーンだ。

「もののけ姫」主人公・アシタカがなぜイケメンだと感じるか!考察してみた。

名場面8.アシタカとサン

サン
「アシタカは好きだ」
「でも人間を許すことはできない」

アシタカ
「それでもいい」
「サンは森で、私はタタラ場で暮らそう」

「共に生きよう」
「会いにいくよ、ヤックルに乗って」

最終的に全てをやり直せる状態にまで戻ったシーン。

しかし、サンの言葉からも心の傷はそう簡単に癒えないことを示している。

また、このシーンでよく見るとアシタカの手には少しの呪いが残っていることにも意味がある。

一度は争い、再び平穏が訪れても、やはり人間だということなのだろう。

だが、それでもアシタカは態度を変えることはない。

まわりの状況が変わっても、他人の言うことが違っても、自分の心の中にあるものは変わらない。

アシタカはどこまでもかっこよすぎますね。

そして最後に「会いに行くよ」と言っています。

これは村を出る時のカヤへ言った言葉と同じ。

恐らく会いにはいかないでしょうね。

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最後に

今回は、アシタカの名場面・名台詞を集めてみましたが、はっきり言ってとても難しいですね。

なぜかとういと、アシタカはセリフや行動の全てが素晴らしく、どこを切り取っても本当に心に響くものだから。

当たり前のことは普通にこなし、自分の信念を曲げることはない。

どこまでも純粋で、どこまでも真っ直ぐな人間の代表である。

人は、その人を表すのには言葉は少なく、行動と共に言葉がついてこなくてはいけない。

言動と行動、そのどちらもかけてはいけない。

アシタカは、言葉は少なく、行動で何もかも示してくれる。

それが、言葉ひとつひとつの重みを増す重要なところだ。

アシタカがかっこいいと評されるのは、おそらくそういったところだろう。

名場面・名台詞を見ながら、あなたは何を思っただろうか。

また、何を感じてどのように自分の人生に活かしていくだろうか。

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