「もののけ姫」エボシのセリフ「賢しらに僅かな不運を見せびらかすな」について考察

ジブリアニメ「もののけ姫」

エボシ御前の印象的なセリフ。

放ったその心境について考えてみる。


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見る人を考えさせるジブリアニメ。

中でも「もののけ姫」はそれぞれのキャラクターが濃く、そのセリフのひとつひとつが重く聞こえます。

右腕の呪いを見せたアシタカに向かって放ったセリフ「賢しらに僅かな不運を見せびらかすな」というセリフについて考えてみます。

セリフの言葉の意味は?

「賢しらに」とは、「利口ぶって」「でしゃばって」「偉そうに」のようのニュアンスの言葉。

つまり、ちょっとした呪いがかかったことを不運かのように、何を偉そうに見せて言っているんだという意図がある。

賢しらとはあまり使わない言葉だが、こういった言葉を使うことによって、エボシの意思がより強調される。

セリフを放った時のエボシの心境は?

エボシは、身売りされた経験があり、また、呪いを受けた村人たちをかくまって療養している。

呪いの正体をはっきりとその目でみんなに見てもらおうとするアシタカの姿が、自分だけが不幸に思っている主張に見えたのだろう。

エボシからすれば、その程度の呪いなどは不運でも不幸でもなんでもない。

この世にはもっと地獄のような世界があるということを間接的に言いたい意図がうかがえる。

呪いを見せたアシタカの真意は?

アシタカはなぜ呪いをみんなの前で見せたのか?

そこにはどんな思いがあったのか?

それは、アシタカのセリフに隠れています。

アシタカは「これ以上憎しみに身をゆだねるな」と言っています。

目の前の人たちを救おうとするエボシを否定することはできない。

ただ、そのエボシの行いが新たな呪いの連鎖を生み出していることに気づけということでしょう。

旅立つ時に、「曇りなき眼」という言葉をもらいます。

アシタカは、真っ直ぐに自分の目で見て、感じたことをそのまま言葉として発しているのだろう。

交錯する二人の意思

この場面では、アシタカとエボシの心がぶつかり合います。

エボシは、国を豊かにし、仲間たちみんなでゆっくりと暮らせる国を求めている。

しかし、アシタカからすれば、それは何かを犠牲にして、他を滅ぼしてまでやることなのか?と感じている。

それは、全く関係のない国にまで呪いの影響があり、それを自分が受け止めるしかなかったからこそ感じたことなのでしょう。

一方エボシは、それが不運を見せびらかしているように見える。

これが、二人の思いが食い違っているところ。

アシタカはただ、誰かを傷つけてまでその上に成り立つ平和などは間違っていると言いたい。

そして、エボシの行為が呪いの連鎖を生み出して不幸な人を増やすだけだと気づいている。

だが、エボシは豊かに暮らすことだけを求め、自らの力で平和を築こうと必死になっている。

この段階で互いに分かり合えないのは、論点がずれているからである。

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エボシの深層心理

「賢しらに僅かな不運を見せびらかすな」というセリフと、エボシ御前の生い立ちから考えるとその深層心理が見えてくる。

結論から言えば、エボシは過去への復讐心に囚われている。

そして、自分自身が同じ連鎖を生み出し、また自分の心を自分で苦しめていることにも気づけていない。

アシタカが呪いを見せたことを「見せびらかしている」と感じ取るということは、「私が見せるならそういう意味」ということになる。

つまり、過去の悲しみや人々の苦しみを隠すエボシは、自分の辛さや苦しみを心に閉じ込め、いつまでもそれにこだわって生きていることになる。

これがエボシの最大の苦しみの原因。

過去を手放さなければ、いつまでもその連鎖の中で生きていかなければいけなくなる。

また、エボシの行動が続くことによって、またどこかでエボシと同じ境遇の人生を送る人ができてしまう。

これに気づかなければ、いつまでも終わりはない。

エボシは、自分の過去に苦しみ、ずっとずっと心の中で泣いていたのだろう。

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